2017年度工学院大学 先進工学部生命化学科

文学B(Literature B)[1K56]

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2単位
永野 宏志 非常勤講師  
最終更新日 : 2018/09/28

<学位授与の方針>
1. 基礎知識の習得
2. 専門分野知識の習得
3. 汎用的問題解決技能
4. 道徳的態度と社会性

<授業のねらい>
この講義は、IT(インフォメーションテクノロジー)とBT(バイオテクノロジー)が指数関数的進化を遂げ、GNR(遺伝学、ナノテクノロジー、ロボット工学)が無制限の最小化を目指しつつウェアラブルまで来た現在から、IoT(インターネット・オブ・シングス)の進化によって人間なしの機械同士のネットワークへと向かう未来をフィクションの側から見つめ直す。その具体例として、ITとBTに熟知した伊藤計劃(+円城塔)の2000年代の3冊の小説作品を、半分だけ後ろ向きの歴史に沿って進行する予定である。ただし、あとの半分は私たちの目の前に広がり身体を包む世界の未来を見据えたい。
そのため、まず私たちは「人間ではない」という立場から出発しよう。非生物的機械に触れ、手に持ち、体内にさえ取り入れる私たちはサイボーグであり、さらにはそれに操作されるロボット(またはゾンビ)かもしれない。この傾向は、コンピュータの指数的進化による際限ない小型(ミクロ、ナノ)化によってもたらされ、この進化の先に人工知能の処理能力が人間の知能を追い越す「技術的特異点」が来るという議論をも巻き起こしている。加えて、それを先取りし折り込んでIT化した政治経済が作動しているのであれば、現実こそがSF的なのだ。ならば、この進化を集約した小さく強力な怪物をカバンやポケットに棲み着かせている私たち非人間は、非生物的な知能と対話し、融合さえしようとする世界へ進みつつあるといえる。そのような事態にある私たちを、この講義では「トランスヒューマン」と呼び、この講義のテーマを<私たちトランスヒューマンとフィクションとの関係について>としたい。

<受講にあたっての前提条件>
教科書に指定した3作品を事前に読んでおくこと。また、講義最後に次回に扱う作品の該当箇所を予習しておくことが望ましい。さらに、講義の各回の後半にリアクションペーパーを配布し、当該テーマ理解の到達度を測る時間を設けている。

<具体的な到達目標>
すでにMMI(マンマシン・インターフェース)からBMI(ブレインマシン・インターフェース)への架け橋となり、自らすすんでスマホゾンビと化して、生きる環境自体をVR(バーチャル・リアル)に占有させるがままの私たちの世界で、何が起こっているのか、テクノロジーはこれから何をしようとしているのか、という問いを導出するための、フィクションの新たな使用法を身に着けることが、この講義の目標である。

<授業計画及び準備学習>
第1回 伊藤計劃紹介 IT、BTを駆使したフィクションとしての『虐殺器官』、『ハーモニー』、『屍者の帝国』について
  準備学習:今まで読んだSFをリストしておくこと
第2回 1980〜90年代のIT、BTを駆使したフィクション-サイバーパンクの影響 -『AKIRA』『攻殻機動隊』『MATRIX』を例に
    準備学習:前回の復習
第3回 ゼロ年代に流行したゲーム的リアリズムとの違い 『タイムマシン』『時をかける少女』『All you need is kill』『僕だけがいない街』の多世界物語のプレイヤーとアバダーの混同について
    準備学習:前回の復習
第4回 『虐殺器官』(1) ゲーム的リアリズムをはみ出るゲーム、プレイヤーでもアバターでもない兵士という主人公
    準備学習:前回の復習
第5回  『虐殺器官』(2) チョムスキーの生成文法と「虐殺器官」と呼ばれる暴力性を引き起こす脳内器官の区別とフィクションが果たす役割
    準備学習:前回の復習
第6回 『虐殺器官』(3) 読者と主人公の「虐殺器官」が発動しないのはなぜか-参照点としてのフィクション
    準備学習:前回の復習
第7回 前半の振り返り(中間試験)
    前半の総復習
第8回 『ハーモニー』(1) 個性という考えより共通資源としての個体という考えが優先される医療型管理社会とナノテクノロジーが埋め込まれた身体
    準備学習:前回の復習
第9回 『ハーモニー』(2) 個性のベースとしての意識は医療型管理社会ではどのように作られるのか
    準備学習:前回の復習
第10回  『ハーモニー』(3) ハーモニーが発動した世界で、コンピュータが語るということはどういうことか、またそれは誰に語るのか
    準備学習:前回の復習
第11回 『屍者の帝国』(1) 多世界物語としての歴史改変物語との違い 1940年代以後のITが19世紀に使われているのはなぜか
    準備学習:前回の復習
第12回  『屍者の帝国』(2) ITとBTの成果としての屍者と魂のない肉体としてのゾンビの違いはどこにあるのか
   準備学習:前回の復習
第13回  『屍者の帝国』(3) 映画版と小説版の違いとバージョン化するプロジェクトとしての『屍者の帝国』という作品、そしてプロジェクトとなるProject Itoh
    準備学習:前回の復習
第14回 試験(学期末試験)

<成績評価方法>
毎回講義後半の10分程度その回のテーマに即した課題をその場で記述して平常点(20点)とし、さらに、中間・期末試験を実施し(計80点)、両者併せて総合的に評価する。ただし2015年度以後の1年生についてはGradeD以上の者に単位を認める。また、私語、居眠りのたぐいはその場で単位なしとみなし、退室してもらう。

<教科書>
伊藤計劃『虐殺器官』(ハヤカワ文庫)、伊藤計劃『ハーモニー』(ハヤカワ文庫)、伊藤計劃+円城塔『屍者の帝国』(河出文庫)

<参考書>
レイ・カーツワイル『ポスト・ヒューマン誕生』(NHK出版)、煖エ透『サイボーグ・フィロソフィー』(エヌティティ出版)、ジェイムズ・バラット『人工知能』(ダイヤモンド社)、ポール・E・セルージ『モダン・コンピューティングの歴史』(未來社)、チャールズ&レイ・イームズ『コンピュータ・パースペクティブ』(ちくま学芸文庫)、M=L・ライアン『人工知能・可能世界・物語理論』(水声社)、ノーム・チョムスキー『言語と精神』(河出書房新社)、ダニエル・C・デネット『解明される意識』(青土社)、スティーブン・ピンカー『言語を生み出す本能』(上下 NHK出版)、マイケル・S・ガザニガ『脳の中の倫理』(紀伊國屋書店)、P・W・シンガー『戦争請負会社』(日本放送出版協会)、伊東寛『サイバー戦争論』(原書房) 、B・スティグレール『技術と時間』(3冊 法政大学出版局)、U・ベック『世界リスク社会論』(ちくま学芸文庫)、S・バウマン『リキッド・モダニティ』(大月書店)

<オフィスアワー>
教員室にて、月曜講義の前後10分程度

<学生へのメッセージ>
人間の知性をコンピュータの知性が超えるとカーツワイルが予測した技術的特異点(別名2045年問題)が迫ってくる事態が想定される場合、<予知>や<予言>のような一過性の思い付きではなく、私たちはどんな想像力と論理力によって<予測>する力を養えばよいのか? その際に必要な実践的な想像力を、現在をしっかり見据えた近未来フィクションを例に鍛えていただきたい。

<備 考>
上記の参考書欄に入り切れないITとBTが作る現状から未来を知るためのカタログ的説明書としては、岡本裕一朗『いま哲学者が考えていること』(ダイヤモンド社)とNHKスペシャル「NEXT WORLD」制作班『NEXTWORLD』(NHK出版)を、日本のコンピュータ史としては、情報処理学会歴史特別委員会編『日本のコンピュータ史』(Ohshima)をさらに参照されたい。


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