2015年度工学院大学 第1部機械システム工学科

作家とその世界(Works of Literary Giants)[1313]

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2単位
永野 宏志 非常勤講師  
最終更新日 : 2016/01/21

<学位授与の方針>
1. 基礎知識の習得
2. 専門分野知識の習得
3. 汎用的問題解決技能
4. 道徳的態度と社会性
5. 創成能力

<授業のねらい>
今年の初めに社会学者ウルリッヒ・ベックが亡くなった。1986年のチェルノブイリ事故に産業のグローバル化がリスクを作り続ける世界に警鐘を鳴らした彼の「リスク社会」論は、近年の大災害がとグローバル経済の不安定さは常にパニックを起こす可能性の中にいる我々自身を照らし出す。一方、産業を推進する国家や経済は人々を個人に分断し、集団で協働させないように促し続ける。移動時間もスマホやゲーム機に集中し、隣の人を風景として捉える日常を送る我々は、個々に分断されたまま危機を乗り切る集団の知恵を学ぶ機会もなく、頻発する災害の中に放り込まれるしかない。
この講義のテーマは、複数の集団的無意識が作るパニックである。人間が中心になった近代世界にその外に位置する自然災害、戦争、犯罪、病気等が襲う恐怖の表象(キャラクターの作られ方)と破壊のパターン(シミュレーションの作られ方)の区別を手がかりに、1973年の経済危機時に発表され、メディアミックス戦略によって爆発的にヒットした小松左京『日本沈没』を中心に進行する。パニックをキャラクター化した香山滋『ゴジラ』(1954)と一線を画したコンピュータ管理下のシミュレーション小説としてこの小説を捉え、シミュレーションが捉えうる現象と捉え得ない変動の狭間にリスクが生まれ、そこに生きざるをえない我々の生を考察する。

<受講にあたっての前提条件>
3.11時点の自分自身の対処の仕方やその後の国家、企業、メディアの対応を単に非難するのではなく、分析し考えを述べる準備をしておくこと。

<具体的な到達目標>
キャラクターに満ちたこの現実が不安と恐怖を与えながら、実際の危機に対処できるかどうかという点を、フィクションのほうから逆に捉え直す能力を身につけることが目標である。

<授業計画及び準備学習>
第1回 オリエンテーション 3つの“ゴジラ”-来たるべき恐怖の伝達方法として-
    準備学習:ゴジラと河童がなぜあのキャラクターになったのか考えておくこと
第2回 キャラクターとシミュレーションの区別-コンピュータ時代による恐怖キャラクターの失効について-
    準備学習:前回の復習
第3回 メディアミックス戦略とパニック(1)-プレートテクトニクスはどうやって常識となったか-
    準備学習:前回の復習
第4回 メディアミックス戦略とパニック(2)-1970年代でシミュレーションが起こした危機について-
    準備学習:前回の復習
第5回 パニック小説の物語構造-マクロから見通す主人公とミクロから行動する主人公が交代する理由-
    準備学習:前回の復習
第6回 『日本沈没』における現象と変動(1)-(マクロ側から)現象から変動を捉える「ナカタ過程」とシミュレーションの限界-
    準備学習:前回の復習
第7回 『日本沈没』における現象と変動(2)-(ミクロ側から)3.11と『日本沈没』の映像シミュレーションの比較-
    準備学習:前回の復習
第8回 『日本沈没』における現象と変動(3)-ミクロの行動とマクロの見通しが交差する出来事=変動と直感-
    準備学習:前回の復習
第9回 『日本沈没』で描かれないパニック(1)-『日本沈没』制作後に現れた原発事故とシミュレーションの関係について-
    準備学習:これまで自分が見たパニック小説、映画のリストを作っておくこと
第10回 『日本沈没』で描かれないパニック(2)-『日本沈没』制作後に現れたウィルス感染とシミュレーションの関係について-
    準備学習:前回の復習
第11回 恐怖からリスクへと教育内容が変化するキャラクター史-巨大な恐怖から微細なリスクへの転換とメディアの関係-
    準備学習:前回の復習
第12回 『日本沈没』映画版(1973)を同小説版と比較する(1)-(マクロ側から)小説版と映画版での首相と科学者の役割-
    準備学習:前回の復習
第13回 『日本沈没』映画版(1973)を同小説版と比較する(2)-(ミクロ側)小説版と映画版での暴力と恋愛の役割-
    準備学習:前回の復習
第14回 『日本沈没』のバージョン化と3.11後のシミュレーションとの関係-2006年版『日本沈没』と筒井康隆作のパロディー『日本以外全部沈没』紹介-
    準備学習:前回の復習
第15回   教場試験・・・自作の最新パニック小説を書く
    準備学習:下書き等の用意をしておくこと

<成績評価方法>
毎回講義後半の10分程度その回のテーマに即した課題をその場で記述して平常点(30点)とし、さらに、期末試験を実施し(70点)、両者併せて総合的に評価する。ただし2015年度の1年生についてはGradeD以上の者に単位を認める。また、私語、居眠りのたぐいはその場で単位なしとみなし、退席してもらう。

<教科書>
小松左京『日本沈没』(上・下 小学館)

<参考書>
小松左京・谷甲州『日本沈没 第二部』(上・下 小学館文庫)、小松左京『大震災1995』、テヴィット・ハーヴェイ『新自由主義』(作品社)、ウルリッヒ・ベック『世界リスク社会論』(ちくま学芸文庫)、ジャン・ボードリヤール『シミュラークルとシミュレーション』(法政大学出版局)、河出書房新社編集部『思想としての3.11』(河出書房新社)、柳田國男『妖怪談義』(講談社学術文庫)、トム・ギル他『東日本大震災の人類学: 津波、原発事故と被災者たちの「その後」』(人文書院)

<オフィスアワー>
教員室にて、講義の前後10分程度

<学生へのメッセージ>
メディア的な虚構が現実のフリをして包囲している中で生きる自分を自覚し、大災害がそれを取り払う時、パニックにどう対処するかを、気象変動の激化する今、考えてもらいたい。なお、3.11で被災した方々には気分を害する映像等がある場合、講義の始まる時点でお知らせする。もしも受講が無理な場合、挙手していただければ講義を少しの間離脱するなどの対処方法を指示するつもりである(私も被災地出身で実家が被災しているので)。


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